食品製造工場の設計手順(後編)
~HACCPの考え方を取り入れた工場設計~

食品製造工場の建設は、肉、魚や野菜といった原材料を安全に調理し、包装し出荷する工程についていくつかの角度から検討して工場設計に反映している。

前編ではHACCPをベースとした食品製造工場レイアウトから食品製造の危害要因への考慮、温度管理による室内環境の維持について記述した。

後編は、こうした工場設計を構成する要因について引き続き記述していく。

食品製造工場の室内環境維持[換気]

一般に換気と空調はそれぞれ別の設備として設置され運転される。

人が作業する部屋の換気は、二酸化炭素濃度の増加を防ぐため、建築基準法施工令など関連法令で定められている。

換気を行わず、空調や冷蔵だけ行うのは、冷蔵庫、冷凍庫、人が作業しない前提の湿度や空気濃度管理の必要な一部の生産庫などである。

食品製造工場でも、例えば盛付け、包装室なども適正量の換気が行われているが、室内の空調機から吹出す空気の10分の1以内といった空調能力に影響のない程度の換気が空調機とは別の換気口から行われている。その部屋の容積を基準に、1時間に0.5~1回程度の最低限の換気で間に合う。

一方、燃焼ガスを使って調理を行う加熱調理室や、大量の蒸気が発生する容器洗浄室などは、その燃焼ガスや蒸気の排出が必要なため、包装室などと比べると大きな容量の換気が必要となる。その部屋の容積に比べて1時間に10~60回といった換気を設定することになる。そうすると空調機を設置してもその部屋の容積の何倍もの屋外の空気を空調する能力が必要になり、その部屋を空調して温度維持することは難しくなる。

こうした部屋では人が作業しているところに部分的に空調された風を当てて、空調機も屋外に設置して、空調機が吸込む空気も加熱調理室内の高温の空気ではなく屋外の空気としたりする。

事務室などの換気、空調とはかけ離れた能力の機器を設置することになる。

換気と空調の概念
換気と空調の概念

食品製造工場の室内環境維持[給排水・防虫]

水蒸気や油煙などのが発生する加熱調理室については、調理釜を使った煮炊きの後の熱水の排出や大量の洗浄排水が発生する。それらの高温の水が床面に広がらないよう、床勾配や高温排水を一度に取込む排水桝の適切な設置が必要となる。また、その高温排水は一般的な塩化ビニール製の排水管ではなく、鉄製の排水管を設備する必要がある。床面の排水桝は200Lの調理釜だと60cm四方以上、深さも配管の接続口まで少なくとも60cm、さらにその下に曲げ配管を接続することになるので、床下に1m以上のスペースが必要となる。

水蒸気を排気するのに排気フードの壁面に換気扇をつけて、羽の隙間から屋外が見えてしまうような取付けもかつては見受けられたが、最近は防虫上必ずダクト排気を設置することになる。

天井裏の排気ダクトも、40cmや60cmに曲げスペースがあり、天井の梁と天井面の間に1m以上、上階の床面まではさらに1m程度のスペースが必要となる。
水蒸気を排出するダクトの材質も、継ぎ目部分から漏水することが当たり前なので、腐食や隙間を考慮した材料で施工する必要がある。
こういった大容量の換気を行う部屋では排気と同量の給気が必要となるが、その給気量が莫大となるためきちんとした換気の設計が必要となる。給気する空気は1ミクロンの粉じんを90%以上除去できるフィルターを設置する。

盛付け、包装室や冷蔵庫、冷凍庫などは床面や天井面の断熱は配慮する必要があるが、床下や天井裏にはそれほどの設備は必要なく、加熱調理室や容器洗浄室は見えない部分の設備を考慮する。

加熱調理室の例
加熱調理室の例

建築材料の選定

食品製造工場では、25℃を下回る温度帯の部屋が多く存在する。

蒸気や油煙が発生する調理室のほかにも、生産機器や調理台、コンベアを流水で洗浄することが多い。

建築的には軽量鉄骨を空間に建ててそこに石膏ボードなどの内装材を建付け、表面に壁紙を貼って部屋を間仕切るのが一般的で、事務所や検査室、厚生エリアの部分は実際にそのように作られる。

断熱性が求められる部屋には、一般事務室では内装材の内側にグラスウールなどの断熱材をはさむこともあるが、食品製造工場では40mmの発泡ウレタンを0.8mmの鉄板で挟み込んだ断熱パネルで組み上げていくのが施工も効率的で一般的となる。この場合、4方の壁のほかに天井面も同じ断熱パネルで施工する。

石膏ボードと断熱パネルのイメージ
石膏ボードと断熱パネルのイメージ

以前は20℃室を石膏ボードなどで施工していたが、結露の事例が多いため、最近はこの温度帯も断熱パネルで施工することが多い。

床面も耐酸耐アルカリ性を考慮して、コンクリートの上に下地材を塗布した上にエポキシ樹脂などの床材を塗布していた時期もあった。これは熱水に繰り返しさらされることによる収縮でひび割れを起こし、そこから水分が浸潤して床材がはがれて異物混入の原因を作っていたことがあった。より硬度の高いと言われたMMA、メタクリル樹脂を使用した時期もあったが結果的には変わりなかった。

現在は樹脂床で硬質ポリウレタン樹脂を盛付け、包装室では3mm、加熱調理室など熱水が流れる部屋では6mm~9mm塗布することが一般的になった。

40mmの断熱パネルと樹脂床で囲まれた空間は、結果的に大きな気密度を得ることができ、陽圧化のマネジメントがしやすくなった。

食品製造工場のエアバランス

盛付け、包装室を中心とした清潔エリアを陽圧にする管理は一般的である。

断熱パネルなどで気密度の高い構造であれば管理も容易になるが、隣室との気圧差だけにとらわれず、工場全体の換気設計が必要となる。

半導体製造室や医療用、ドーム型競技場などで陽圧室が設置される。これらの陽圧室は、なるべく少ない換気量で陽圧効果を得るために前室が必須となり、人や資材の入退室時に外部に前後の扉が開放されることがなく、扉もエアタイト型の設計となっている。

一方、食品製造工場の清潔エリアは人や資材の入退室が頻繁で、密閉性のある扉を二重に設置することは難しく、しかも複数の扉を設置する必要があり、2つ以上の隣室に開放されている時間も発生する。

扉の隙間1~2mmの空気の漏れを計算する陽圧室に、1㎡の開口がひとつ開いただけで10Paや20Paの室圧は一気に0.001Pa程度に低下する。

したがって気圧差を指標とした陽圧管理を行うことは現実的ではなく、設計時の換気機器の配置で適正なエアバランスを目指すことになる。

食品製造工場の清浄度

30日、60日といった消費期限の長期保存を前提とした惣菜製造工場には、盛付け、包装室部分をクリーンルームとしているところがある。

半導体などのクリーンルームは前述の陽圧室の考え方に基づき、前室を備えたうえで従業員の入退場を管理する。さらに特徴的なのは人が通常の服装で静かな歩行を行うとき、1分間に10万個以上発生する粉塵を部屋全体から速やかに除去する能力を持つ空気清浄機能を備える。

食品製造工場の場合、人の作業もさることながら、製品も1時間に1千個単位で生産されるため資材も含めた頻繁な入出荷が行われる。こうした施設では作業中に空間を浮遊する粉じん量で設備を規定することが困難なので、作業員の着衣、段ボールは持ち込まないなどの前提を設け、ゾーニングとフィルター設備、空気循環量、陽圧化する換気量の設定など前提条件だけ設定して運用することになる。

設備に頼らず、作業員の意識付けなどを同時に維持することが品質管理上有効となる。

食品製造工場の施工上の配慮

工場のレイアウトを行って設計図が完成した段階で、床の勾配や換気、空調といった数値までは決定してくる。
建築契約を結んで施工段階に移ってからもHACCPの考え方に配慮する部分は多い。
建材の選定や配管やダクトの位置、点検口の位置などがその後決定される
食品を生産する部屋が基本的に屋外に面することはないが、部屋間などで窓を設置する場合も開閉のないはめ殺し窓となり、窓のレールがないためホコリが蓄積することもない。

扉は引き戸が中心で自動扉にもしやすく、気密性の高い建材を使用する。ロック機構のないいわゆるスイング扉は極力避ける。 厚生エリアでも開き戸は避け、設置する場合もハンドルなどに配慮を行い、手指の接触の少ないものとする。手洗いのときの汚染を少なくするため自動水栓を設置したり、扉にもひねって回転するタイプの把手は設備しない。

生産室の例
生産室の例
レバー式把手と自動水栓
レバー式把手と自動水栓

厚生エリアはヒト由来の汚染を管理するポイントとなるエリアなので、建材の細部や設置方法、その他注意を払う点が生産エリア内部より多い。

制御盤や分電盤の上面はふだん視線が届かない位置になるが、ホコリの蓄積を避ける。制御盤や分電盤自体を壁面に埋め込むか、上部に斜めの傾斜つけるなどの配慮が必要となる。低温室では結露を考慮し、電線のつなぎ込みも必要に応じて上部ではなく下部に設ける。

制御盤や分電盤の下面も昆虫などの侵入を考慮して床面に直置きせず、腐食を考慮した金属製の架台などの上に設置する。
壁面のつなぎ目に注入するコーキング材も無香性のものとし、生産開始時の製品への匂い移りのリスクを減らす。

コンパクトな入場室の例
コンパクトな入場室の例

空調機の形状も事務所などで標準的に設置している、天井に埋め込むタイプの四角い四方向吹出しや二方向吹出しのタイプは、気密性の高い天井に1m四方の穴を開けて設置するので、食品の製造エリアで使用することはない。通常はダクト施工をするか、天吊り型と呼ばれる天井面にピタッとつくタイプの空調機にして、天井裏からの釣り棒だけ天井面を貫通させる。なお、空調機停止時には室内に面したフィルター面からのホコリの落下を想定して、設置位置も生産ラインと干渉しない部屋の隅などとすることが多い。

AIBを規格として採用する場合は、ダクトの中を清掃できる点検口を設置するなどの配慮も必要となる。

天吊り型空調機
天吊り型空調機

新築工事と改修工事

食品製造工場は、このようにして建設されるが、そうした中でも、後から修正が効かない過誤を避けたい。

新築工事の場合には、設計の自由度も高く、項目は多いが基本的な事項を押さえていけば食品の安全を担保しやすい設備が完成する。ゾーニングやレイアウトから始まり、加熱調理室の排水、給排気の処理、屋外に面する窓や入出荷口などの開口、空調システムの選定などよく注意すべき部分を監理すれば問題ない。

一方、改修工事も最近は多く、用途の違う倉庫などの建物を食品製造工場に改修したり、食品製造の品目を追加したりする場合が多く、新築工事に比べて制約が多いため難易度が非常に高くなる。

新築から10年以上経過した建物は、新築時の設計意図を想像しながら、天井裏や床下の構造や配管類、その材質を特定していくことから始まる。一度改修を加えていると、さらに変更が加えられていることになり、考慮する項目が増える。そうして既設のレイアウトに配慮しながら、必要最小限の変更を加えて改修を行うことになる。

食品を生産しているエリアに隣接して改修工事を行う場合もあり、建築資材の搬入や作業員の動線、養生という建材で仮間仕切りを行う方法や、作業時間帯等に配慮していく。

まとめ

食品製造工場の建設は、食品を安全に調理し、包装し出荷する工程について、計画時から設計、機器選定、施工に至るまで配慮する項目が多岐にわたる。

食品の安全を直接担保するのに食品に対する安全上の危害要因を分析するHACCPの考え方は必須であるが、前提条件として建物や従業員に対する様々な配慮が必要である。ここに記したものは食品製造工場の建設に携わる者ならすべて知っておきたいことだが、ほかにも数えきれない知見が存在する。

今後の食品製造工場の建設の助けになることを願う。

(菱熱工業株式会社 岡安晃一)

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